立ち止まる場所

新しい地に来て、はや6ヶ月目

ふるさと納税チームを始めとした役場職員とその恩恵を受けてきた事業者が一体となる大崎町はすごく雰囲気がいい

よそ者が地域で”地域のために”何か実行するには、行政や住民の協力無くしては難しい

特に大崎町で食プロを進めるにおいて、よそ者仲間がいない僕はそれを痛感した

同時に、サポートしてくれる職員の方々のありがたみを噛み締めている

 

・・・地域のために?

 

これは本音ではない。自分のためだ

長島町にいたときから、僕はきっぱりと宣言している

だけど自分がやることは、地域の誰かのためにも通ずる

その誰かは、地域で出会って、個人的に何かを一緒に目指していきたい人

それが結果的に”地域のために”という抽象度の高いものに繋がる、、くらいでしか考えていない

「事業者の成長」「育成」「地域を盛り上げる」なんて若輩者の僕が口にするのも甚だしい

それに血縁関係の無い町に対して、義理も恩もない

役場という場所は不思議なことに、あたかも自分も町にとって中立的で公平でなければならないという錯覚を起こさせる何かを持っている

受け手もまるでそれが当たり前かのように考え動き発言する

そこからミスマッチが生まれてくる

事業がうまくいかない時に「役場」「商工会」というフレーズが出てくるのは地方くらいだろう

誰の事業なんですか、主体は誰ですか?と問いたくなる

いま大崎町でおこなっているシェフツアーもそう

来る料理人の特徴、業界での立ち位置を吟味したうえで、初対面で100%フルスイングできるくらいの下調べ、質問を持ってこれているのか

全国のトップ生産者と比較されることに早く気づかないといけない

フリーライダーはいらない

別にそこを目指していないというのなら、参加する必要もない

それは単に、ターゲットではないから

それに料理人の本音も引き出せない、芯を食った会話が成立しないようでは結果として繋がり続けることは困難になる

会ってから0を10にして90を聞くのと、会う前に0を99にして1を聞くのでは、明らかにその先の展開が変わってくる

人見知りだから、、話すのが苦手だから、、どうしたらいいかわからない、、など正直どうでもいい

僕は互いの相互作用で、最短で最大限の成果を実現できる人と長い付き合いをしていきたいし、必然的にそうなると思っている

そのためなら自分も寝る間を惜しんで努力すると決めている

立ち止まる場所はそこではない

 

sugarno(スガーノ)世の中は甘い

僕は自主的に砂糖を摂らない生活「sugarno(スガーノ)」を1年くらい続けています

なぜスガーノをするようになったのか、苦労したことはなにか、スガーノの効果について書いていこうと思います

眠い、だるい、チカラが出ない日々

小さい頃から駄菓子屋で買って食べるのが好きだった僕は根っからの駄菓子っ子でした

しかし、サッカーの影響でその生活は一変し、ジュース、お菓子、マック、揚げ物などカラダに悪いと言われるものはすべて排除した食生活を送っていました

大人になって適度にお菓子を食べるようになりましたが、加速したのが鹿児島に来てからです

日中、ものすごく眠くなることやだるくなることが多くなりました

思い返すと、間食でチョコ、グミなどを毎日のように食べていました

衝撃の一言「砂糖は麻薬以上の中毒性」

仕事、学校、移動が立て込んでいた時期でもあったので、そのせいかと思い整体に行くことにしました

その先生に言われた衝撃の一言がこれでした

砂糖を摂るとカラダが緩んでしまうようです

疲れたら甘い物を食べると回復するのも誤解であり、脳を麻痺させているだけ

砂糖は中毒性があるので、麻痺が切れたらまた欲しくなるのです

それは宝くじで当たった一億円を切り崩して、仕事もせずに夢のような日々を過ごしているようなもの。破滅への道です

その日から僕は自主的に砂糖を摂ることをやめました

アマイモノタベタイ

でもそんな簡単には辞められないのです。それには2つ理由があります

1. 中毒性

気づけばお菓子やジュースが飲みたくなるのです、この感覚が抜けるまで1ヶ月以上はかかりました。やめるのにコツなんてありません、気合いです・・。

それと、救世主の存在が大きかったです(後述)

2. 世の中にあふれる砂糖

スーパーやコンビニで加工品を買うときに成分表を見て買う人も多いと思います

スガーノを開始して、改めてその成分表を見てみると「砂糖」がどの商品にも含まれていることに驚きます。本当に9割近くの商品に使われています

自分では砂糖を摂っていないつもりでも、いま口にしている”それ”にも砂糖が含まれている可能性が高いです。使われていないのは、自然派スーパーで価格もそれなりにするものでした

「完璧なスガーノを続けるのは今の僕の財力では難しい」

そう、財力がない人にとって世の中は甘いんです

救世主 ベイク・ト・スイートポテト伯爵

絶望していたときに救いの手を差し伸べてくれたのが、ベイク・ト・スイートポテト伯爵

焼き芋です

1本100円もせず、小腹を満たしてくれる上に、食物繊維、糖分もとれるスグレモノです

その他にも、頂いた柑橘類や野菜(甘い)を食べるだけで十分です

それからというもの、僕はいただき物のお菓子などはお気持ちだけ受け取り、友人や家族にあげるようにしています

スガーノの効果

半年ほどスガーノを実施して気づいた変化を箇条書きします

  • 日中の眠気が軽減した
  • 頭がカーッと熱くなる現象がなくなった
  • お金の無駄遣いがなくなった
  • ペットボトルの処理が減った
  • ウエストが3センチ細くなった
  • 食材そのままの味を楽しめるようになった

徹底的に砂糖を排除するのは難しいかもしれませんが、日々の自分の食生活を少し見直すだけでいい事尽くしです

いまでは砂糖を欲しなくなるカラダになりました

みなさんも良ければお試しください

※sugarno(スガーノ)は太田が30秒で考えた造語です

※たまのレストランでの外食時は美味しく頂きます

 

刹那を逃すな

魂のこもる仕事をしてきた人は瞳の輝きが違う

なにかを成し遂げてきた人ほど自らの力を誇示しない

ナチュラルだ

しかし、ふとした表情にその戦歴や覚悟が滲み出る

瞳の中が”ぽぅ”っと光り、口元がクッと締まる

ギラギラとは違う

もっと純度の高い何かが満月の光のように瞳を内側から照らし出す

その一瞬一瞬を逃すまいと、ますます自らの神経を集中させる

人生でその”種族”の方と出逢う回数はそう多くない

大学院進学はすべて自らの決断だが、同時に何かに導かれている

そこでの出逢いも同じ

刹那を逃すな

 

地方の生産者と都市部の料理人 協働のカタチ Final

参加者の期待値

※主観的意見入ってます

参加者のイベントに対する期待値は料理・ドリンク軸サービス軸その他の価値軸で形成されると考えた。

グルメシーンの第一線で活躍する料理人がコラボして料理を提供するのだから、料理・ドリンク・サービスへの期待は相当高い。

くいかごに至っては、日頃から料理人と生産者が切磋琢磨して仕上げている料理が多かったため、それはそれは、感動的に美味しい。(試食できた!笑)

しかし、美食家にとって上記はレストランで求められる最低限の合格ラインとも考えられ、ものすごく大きな振れ幅は生まれにくいのではないか?とも考えられる。(だから長方形で表現した)

最低限の期待値 ≒ 美味しい料理×ドリンク×心地よいサービス

むしろ注目すべきはその他の価値と延長線上にある伸びしろだ。

ダイニングアウトがわかりやすい。

[非日常空間 × 地産地消(スタッフ・素材・食べ物)  × トップシェフ × トップサービスマン]

歴史的文化遺産などの通常あり得ない場所で、ハイエンド層に向けて突き抜けた美食体験を提供している。

ダイニングアウトの凄さは、その”伸びしろ”にあると僕は考える。

超一流の料理・ドリンク、サービスに対してある種の”慣れ”が生じているハイエンド層に対して、その”慣れ”を圧倒的に凌駕するその他の価値を提供しているからだ。

参加者の満足度は、この三点の総合で変化する。

くいかごの伸びしろ

では、くいかごでは、どこに注力するか?

感情移入&ワクワクだった。

参加者の感情に訴えかける。

そして、未知の体験をしてもらう。

それにはvol.2で書いた、信頼関係が不可欠だった。

それぞれが自分の役割を理解して、万全の準備をしてくること。

信頼の言語化・視覚化、そして未知の体験

くいかごで会場のボルテージが一気に上昇したのは、序盤にsio 鳥羽シェフとcocoromiso 石元淳平さんの2人が参加者の前に立ち、料理の説明を始めたときだ。

鳥羽シェフが石元淳平さんについて語り始めた。(二人の経緯はこちらから)

物語マーケティングが主流の昨今では、生産者の情報を話してからお客様に食べてもらうお店が多い。

しかし、それは耳だけで得る生産者の情報だ。(具体的には脳内イメージも入るが)

くいかごでは、本人達を目の前に立体的に視覚化された生産者情報を得ることができた。

その上、目の前にいる両者の会話を通じて、本人の口から発せられた相手への信頼や想いを言語化し、ライブ感とともに味わう

目に見えにくい信頼という情報が視覚化&言語化されたのだ。

さらに今回、橋本さんと横山さんの声かけで実現した鹿児島の蔵元のご協力。(お酒が飲めない方には鹿児島茶を提供)

大和桜酒造 若松徹幹さん、中村酒造場 中村慎弥さん、下堂薗 小山亮さんのプレゼンテーションが、参加者の期待値を大きく振り切った

従来のイメージを良い意味でぶち壊す新しいアプローチによって、参加者に未知の体験(ワクワク)をお届けしてくれた。

くいかごの価値は、間違いなくこの方達によって跳ね上がった。

「なぜ自分がこの場に呼ばれたのか、役割は何なのか考え、準備をしてくる」

「事前に会場の下見に来てたんだけど・・」

印象的だった中村さん、若松さんの言葉。ここにプロフェッショナルと信頼関係が表れていると感じた。

ヒトの記憶に残りやすいドキドキ、ワクワク、そして感情の変化。

結果的に、伸びしろはそれらを含んでいた。

協働のカタチ(benefit&profit)

ある文献では協働について

ひとりでおこなっていた思考に他者の視点が加わることでそのプロセスが発展し、やがては共有の想像を生み出す「協働のプロセス」ができ、さらに、協働する主体同士のかかわりのプロセスやその成果が両者にとって意義あるものとなることを意味している。

また別の資料では

「協働」の意味は〈同じ目的のために、力をあわせて働くこと〉です。したがって、「官民協働」は行政と民間が力を合わせて働くこと、「協働契約」はメーカーと原材料の生産者などが力を合わせて働く契約、と解釈されます。

「共同」でなく「協同」でもない。

「協働」にしたのは、生産者と料理人の双方が利益(benefit&profit)を上げることが大事だと考えたため。

くいかごは、協働のカタチとしては未完成であり、まだまだブースターに過ぎない。

しかし、着実に一歩前に進むことができた社会的に意味のあるイベントだった。

地方の生産者と都市部の料理人 協働のカタチVol.2

消費される側か、それ以外か

「生産者は消費されている」

そこで出会ったのが、泰正養鰻の横山さんだ。

「横山さんの鰻」についてはこちらを読んでほしい。

横山さんはされる側ではなく、生産者と料理人の双方がWin-Winとなる関係を大事にしていた。

素材(食材)について、僕がお会いしてきた料理人達は口を揃える。

「素材の良さの上に、料理人の調理技術がある。」

生産者が”安心・安全・食味”の3点をクリアするために、生産過程に通常よりも苦労・コストが生じるのは当然だ。

しかし、”生じる”生産者が一般流通に卸すことは、”生じない”商品と同等に扱われ、値段も相場に左右される側となることを意味する。

横山さんは情報をオープンにして、価値観を理解し合える料理人にだけ、自ら価格設定して取引を行っている。

これは生産者の顔の見えない養鰻業界では恐らく日本初だ。

それだけリスクを負っている。

結果的に、料理人はより完成度の高い料理の”素材”を仕入れることができる。

Give&Give

その横山さんが絶大な信頼を置き、背中を預ける料理人が「日本橋 鰻はし本」の橋本正平さんだ。

70年以上続く老舗鰻屋の超イケてる4代目。

この二人の出逢いが、くいかごの「種」である。

横山さんと橋本さんは、日頃からSNSや電話で密に情報交換を行っている。

それもGive&Take ではなく、Give&Giveの精神だ。(恐らく本人たちはそんなことは考えていない、本能だ)

「信頼」

二人の間には確かな「信頼関係」が存在していた。

Give&Giveは相乗効果を生み、この信頼の輪が、sio(旧 Gris)※鳥羽周作シェフ、鮨職人 ※遠藤記史さんなど他の料理人達やメディア関係者にも拡がっていった。(※くいかご参加の料理人)

2018年3月 泰正養鰻に集まり養鰻の未来について語り合う料理人達

同じ価値観を共有する集団(コミュニティ)

それぞれが自身の人脈を紹介し合うことで、価値感にブレがない集団(コミュニティ)が形成されていく。

cocoromisoの石元淳平さんや金七商店の瀨崎さんもその一人だった。

横山さんと橋本さんの撒いた「種」が、8月1日(水)に一輪の花として開花することが決定した。

喰いこめかごんま。

ただし自己満足で終わるコラボイベントではやる意味がない。

目に見えない生産者と料理人の信頼関係を、何らかの形で社会にインパクトとして残すことが求められていた。

くいかご後に振り返ってみて、僕はこのように考えた。

Vol.3 へつづく