「地域=地方創生」の目線。

各地域のフェーズをよく調べず0次情報もたない人達からの
「地方創生の可能性」とか「地域を盛り上げる」というワードは聞き飽きてしまった。

かくいう当時25歳の僕も「よし鹿児島で地方創生の仕事するぞ!」と
意気込んで鹿児島行きの飛行機に乗ったのを思い出す。

5年経った今はそんな気持ちは微塵ももっていない。

キラキラ妄想していた青年の意気込みは何度も砕けた。

それでいい。たった一人でなにかできるほど地域の実情はそんなに甘くない。

だけど挑戦できる環境がたくさんあるのもたしか。

自分が目指すものを描き続けていくこと、一緒に動いてくれる人を見つけて歩き回るのが
「移住者」という付箋をお尻に貼り続ける僕の役割なのかもしれない。

人の心の「豊かさ」の定義は様々だ。
学術的ではない僕個人の解釈では「心と身体の疲労感・充足感のバランスが取れていること」である。

やりきった後の疲労感と爽快感は誰もが経験したことがあるだろう。

辛いことや苦しいこと、寝て起きたら太陽を見上げて、一歩前に足を踏み出せる状態を「豊か」だと思っている。

普通じゃんと思うかもしれないが、こういう時代ではそれができること自体が「豊か」なのではないだろうか。

少なくとも僕が知る長島の人の生活は豊かだった。
自然、持ち家、土地、車、食物、水、職、子育て環境。
最近では光通信も入ったと聞いた。あんなに速度遅かったのに。。

大崎も、仮にライフラインがストップしても都市圏に比べて生き抜ける環境がある。
食べ物がある。水がある。広大な土地がある。贅沢しなければ働く環境もある。
親身になってくれる役場職員もいる。

そう、一歩前に踏み出すにあたってのサポートはたくさんある。豊かだ。

地方創生ブームはとっくに第1フェーズを終えている。
地域の現状に向き合ってきた自治体なら戦略・実行・振り返りは終わっているのだ。

目指すべき方向性や武器が段々と形成されている地域がたくさんある。

汗水垂らさずに「地域=地方創生」という表面的なことだけで利益を搾取しようとする提案は断ろう。
そういう輩からは緩やかにフェードアウトする術を身に付けよう。

オンラインツールは利便性をもたらすのと同時に、人間としての品格を露呈される。
その人のコミュニケーションの未熟さやぞんざいさがリアルに比べて5倍くらい伝わるのだ。

一度もテレビ会議で話したことなくやりとりしたこともない、もちろんリアルも面識ない。

全くの初対面でメンション敬称無しでつけてくる人は、小学生からやり直したほうがいい。もちろんやりとりした間柄なら全く気にしない。

別に良いじゃん、という人とは価値観、センスが合わない。それならば仕方ない。

JYPも言っていた、真実、誠実、謙虚。あと個人的には、調和。

いま呼び捨てしてるじゃん。って思ったあなたとは気が合いそうです。

自分がやったことは廻り廻って自分に返ってくるわけです。

もうすぐ時代が変わると言われています。
次の世代に何を残すのか、責任ですね。

廻り廻って返ってくる。

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